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創業50周年記念特別企画
【リレー対談 】矢野泰三の真っ向勝負!
|組織作りに徹した宮本組のよう揺籃期
矢野 創業.五十周年、本当におめでとうございます。
岩村 ありがとうございます。私も宮本組に入社して四十三年になり、感無量です。
矢野 そうしますと、副社長が入られたのは、宮本組がこれからという段階の時でございますね?
岩村 はい、宮本組がこれから成長しようとする時でした。実は私の姉が先代会長と結婚したという関係もあって、会長から「ウチヘ来てくれないか。」という話があってお世話になりました。
矢野 入社されて、どんな風にお感じになられましたか?
岩村 当時は先代会長も現会長もまだ若かったので正直この先どうなるのかと思いましたそれがここまでになるとは、私も夢にも思わなかったです。
矢野 ここまでに至る過程には、いろいろと大変なハードルもあったかと思いますが。
岩村 私はもともと事務畑で、商業科を出ていましたから経理全般を任せてもらいました。当時は帳簿らしい帳簿もありませんでした。それで当社の顧間税理士の笹山先生と共に組織作り、機構作りからやり始めたんです。宮本組を将来大きくしていくためには、それをやっておかなければならない。基礎を作っておかなければいけない。そういう責務はやはり私に一番強くかかっていましたから。
矢野 まず組織固めから始めたということですね?
岩村 はい、組織作りに徹していかなければ、いくら仕事をやっても所詮「ザルに水」。きちんとした組織を作らなければならないと思ったんです。まあ、いわば組織の中の「縁の下の力持ち」当初からの私の責務で、家庭で言うところの奥さんの役目です。どういう具合に旦那さんの機嫌を取り、どうすれば子供である社貝たちにも喜んでもらえるかということを常に考えてきました。宮本組において今日までそういう役割を担ってきたのが私だと思います。今ではようやく各部署で部長や課長の人材が育ってきましたから、組織固めという責務からは多少離れました。|営業活動で全国各地を駆け回る日々
矢野 すると今はもっぱらどのようなお仕事を?
岩村 営業で日本中を東奔西走しています。当社には全国各地に支店や営業所があります。ダムや高速道路などの工事現場も全国各地にあります。だから私が当社の三十周年記念誌に書いた、一日に六百キロも八百キロも走るという話もオーバーじゃないんです(笑)。それというのも、当社の仕事は作ったものを売り込む製造販売業と違って、まず仕事を獲得してこない限りは始まらない業種なんです。たとえるなら漁師が魚を捕ってきて初めて板前が料理を作れる。そんな仕事です。まして今の我々の業界は、大手ゼネコンでも公共事業が圧縮され、大きな影響を受け、公共事業が悪のように言われて大変な時代を迎えています。当社も関西地区だけの会社では成り立っていきません。全国を股に掛けて、ダムや高速道路工事などの情報をいち早くキヤッチしなければならない。会長、社長と私の三人が、そのために日夜猛烈な戦いを強いられています。とにかく、営業活動をして仕事を獲得し、社員の皆さんに事故なくいい施工をしてもらい、着実に利益を上げていく。それが私の目下の任務ですし、生きがいになっています。
矢野 お話を聞いていますと、昔の月月火水木金金という言葉を思い出すんですが。
岩村 お得意さんとのゴルフの付き合いもありますが、日曜日は休ませてもらっています。しかし、本社で内勤の仕事をしているのは月のうちわずか三日か四目。あとは外を飛び回っています。
矢野 副社長自らがそこまでやってらっしやるとは想像もしておりませんでした。
岩村 我々の企業なんか吹けば飛ぶような会社です。当社は大手ゼネコンの協力会社として下請の仕事が全体の七十%、官庁や役所などの仕事が三十%を占めているんですが、昨今のように大手ゼネコン全体が不振だと、我々も大きな煽りを受けるんです。「大手ゼネコンが風邪をひけば、我々は肺炎で倒れる」という中で毎日を戦っているんです。|宮本組の強さにはそれなりの理由が
矢野 列島改造から高度成長の時代には数多くのブロジェクトが組まれたのに比べ、今は日本経済全体が不況に陥っていて確かに厳しい状況です。その中でも宮本組は時代の流れをいち早く察知されて事業展開を行っていらっしやる。そのあたりが凄いと思いますが。
岩村 先般もある大手ゼネコンから「宮本組は不況に強い」と言われました。先ほども言いましたように、当社は大手ゼネコンなどの民間の仕事のほかに、官公庁などの仕事もやらせていただいている。そのあたりが強いと言われる理由だと思います。実は我々の業界では、役所の仕事はせずに大手ゼネコンの仕事だけをするという会社や、反対に民間の仕事はせずに役所の仕事ばかりをやっているという会社が少なくなく、当社のように二刀流で頑張っているという会社はそう多くないかと思います。それに大手ゼネコンの仕事にしても、当社は何十社という会社の下請をやらせていただいていますから、A社の仕事がなくてもB社の仕事がある、B社がなくてもC社があると、このあたりが強みだと思います。 それともう一つは、当社は各部門や、一工事ごとについてきちんと原価管理を行っています。毎月毎月原価管理をやって収支を見ていく。各部門でみんながそれをしっかりやってくれていますから、お陰で惜金がない。このあたりも当社の強みだと思います。
矢野 副社長のお話を伺っていて、ふとプロ野球で活躍した東尾さんと張本さんのことを思ったんですが、宮本組には、東尾さんのぎりぎりの所を攻めていく強気の投球と、打てるポイントが広くてどんな球に対しても柔軟に対応できる張本さんの広角打法の両方の良さがあるんじゃないか。両方を兼ね備えておられるんじゃないかという気がするんです。外部の人間の間違った捉え方かもしれませんが・・・。
岩村 いや、一面あたっていると思いますよ。宮本組も私も民間の複数の企業や官公庁など幅広い相手に戦いを挑み、それに全力投球でぶつかっていますから、その様に言えるかもしれません。
矢野 それともう一点、私が思いますのは、宮本組の仕事というのは道路とか空港、ダムといった、あまり表に出てこない、いわぱ背骨にあたる部分が中心ですから、これは強いんじゃないかという気がするんですが。
岩村 確かに当社は土木が本業で、目に見えない基礎を造る会社です。だから世の中の人にも、「宮本組ってどんな仕事をしているんですか」と思われているかも知れません。実際に年商何百億もやっている会社のわりには、あんまり目立たない存在だと思います。|五十周年を機に改めて全社一丸の精神で
矢野 ですが、人間が生活していく限りはそうした土台が整備されていないと駄目なわけで、そのあたりを押さえられているのも凄い強みだと思います。そんな中で五十周年を迎えられたわけですが、副社長からご覧になって今の若い社員の皆さんはどうですか?だいぶん昔とは変わってきていると思いますが。
岩村 どうも最近の人は自己主義というか、「自分は与えられた仕事だけやればよい」と、まわりを見ようとしない人間が増えたような気がします。昔は一つのことだけでなく、あれもこれもしなければならないのが当たり前だったんです。今は自分のことしか見ておらず、しかもその自分の仕事さえ満足にできない人が多い。自分がプロフェッショナルとして給料を頂く限り、その二倍も三倍も働かねばならないと思うのですが、そのあたりのモラルが今の世の中には欠けています。与えられた仕事を着実にこなし、やったことについては自ら責任を持つ。このあたりが若い人だけじゃなく、現代人に共通して不足していると思います。
矢野 しかし、そうした中でも宮本組の歴史を拝見させていただきますと、社員間の信頼関係もきちんと積み重ねてこられたように見受けるんですが?
岩村 まあ、人間関係のつながりがなかったら仕事はできませんからね。ただ私としては、社員の皆さんに宮本組というカラーにもっと染まってもらいたい。「私かいないと会社が困るんだ、この会社は私が背負っているんだ」というぐらいの気持ちで働いて欲しいです。宮本組という会社をもっと愛して、持ち場持ち場でそれぞれの責任を全うして欲しいと思います。特に最初の方でも申しましたように、我々民間企業は営業で仕事を獲得していかなければならない。これなくして会社の発展性はないんです。ですから社員全員で積極的に情報を取り込み、それを受けて我々が動き、仕事を獲得していく。そういうみんなのチームワークが大事だと思います。仕事もお金も天から自然に降ってくるんじゃないんです(笑)。
矢野 この五十周年を機に、「改めて全社一丸となって出直そう。そうすることによって宮本組の新たな飛躍も。」というところですね?
岩村 ええ、ですから私としては飛躍することも大事ですが、それよりもまず会社の基盤を守っていってもらいたい、それから飛躍だと思うんです。飛躍ばかりを考えて、後ろを振り返ったら誰もいなかったでは困ります(笑)。まず、もっと会社の基礎を固めて、それから全杜一丸となって突き進んでいく。そうすれば、創業五十年から百年への展望も見えてくると思います。
矢野 なるほど、まずは原点に、基本に立ち返ってということですね。これからもいろいろと時代の波が押し寄せてくるでしょうが、副社長のお話を伺っていますと、宮本組ならきっと勝ち残っていかれるんじゃないかと、そんな気が外部の私にもしてまいります。これからのますますのご発展を期待しております。本日はどうもありがとうございました。